東京地方裁判所 昭和53年(ワ)9164号 判決
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【説明】
原告は、当事者間に次の合意が成立したとして、その履行に代る損害を請求する。
1 原告は、原告工場を、所有者の訴外有限会社長田製作所から賃借し、原告において同建物を機械製作工場として使用している。
2 一方、被告は、昭和四六年九月二二日、右原告工場所在地の南側隣地を訴外江川仁三郎から買い受け、右土地上に三階建社屋本件新築建物を建築することを計画したが、右建物が完成すると既存の原告工場における日照、採光、通風が著しく阻害されるようになるため、原告と被告は、昭和四七年八月一日、被告が原告に対し、原告工場内に被告の費用負担で水銀灯及び扇風機各二、三台づつを設置し、右に要する電気料金は将来に亘つて被告において負担する旨の合意本件契約をなした。
【判旨】
二そこで、原告主張の本件契約の成否の点について判断する。
1 原告代表者は、被告が原告工場敷地の隣地にその社屋として本件新築建物を建設することとなつたが、その基礎工事の段階で既に、原告工場の内部はうす暗くなり、日照被害が生じたので、原告代表者は、当時被告の代表者であつた訴外森茂保(以下「訴外森」という。)を原告工場に呼んでその内部を見せたところ、同訴外人は被告の費用負担で水銀灯を設置すること及び通風被害の点も考えて扇風機を併せて設置することを約し、これに基づいて、訴外森は、誓約書(甲第一号証)を被告側で作成した上で、昭和四七年八月一日、原告代表者の許に持参したものである旨供述し、右誓約書(甲第一号証)には、被告において、原告の工場内に水銀灯及び扇風機をそれぞれ二、三か所づつ設置する旨の条項に加えて、これらの使用に伴う電気料金は被告が負担するとの記載があり、その作成名義人欄には「羽田産業株式会社代表取締役森茂保」との記名印が押印され、その右側には「取締役社長印」と刻された印影が存在する。
2 そこで、右誓約書(甲第一号証)が真正に成立したか否かについて検討する。
右誓約書(甲第一号証)の「羽田産業株式会社代表取締役森茂保」との記名印影部分が被告の記名印によつて顕出されたものであることは当事者間に争いがないが、被告は、右記名印影の右側に押印されている「取締役社長印」との印影は被告の代表取締役の印鑑によるものではない旨主張する。
この点に関し、原告代表者は、甲第一号証(誓約書)は、被告の本件新築建物の工事着手により、原告工場の日照通風が阻害されるようになつたので、原告がその対策を被告に申し入れたことに基づいて、原、被告間で数回の交渉をした結果、当時の被告代表者である訴外森がこれを作成して原告に持参して交付したものである旨供述するが、甲第一号証が作成される際の事前の交渉の時期、内容等について原告代表者は具体的に供述せず、本件全証拠によつても右事前交渉の存在を認めるに足りないばかりか、そのような事前の交渉もなしに、期限を限定せず将来に亘つて原告の使用する電気料金を被告が負担するとの条項を含む甲第一号証(誓約書)を被告の方から作成して原告に交付するということは著しく不自然である上、<証拠>を総合すると、原告工場及び被告の本件新築建物が存在する地域は多数の工場のある工業地域であること、原告工場は、その北側及び西側は道路に面しているうえ、東側、北側、西側にも開口部があり、被告の本件新築建物によつて日照や通風にさほどの影響はないことが明らかであつて、右事情の下で被告が原告の使用する水銀灯や扇風機の電気料金まで負担することに同意するとは考え難いというべきで、原告代表者の前記供述をたやすく措信することはできない。
又、右誓約書には、本件新築建物の工事中、その落下物が原告敷地内に落ちないよう措置することを内容とする条項の記載があるが、右はむしろ本件新築工事に従事する建築業者と原告の間で問題となる事項であるところ、証人森茂保の証言によれば、甲第一号証(誓約書)に押印されている被告の記名印の保管は必ずしも万全のものではなかつたこと、本件新築建物建設当時右に関連して原告との間に起つた種々の問題の交渉には、訴外森だけでなく、本件新築建物の建設にあたつていた訴外大力工務所も関与しており、時には同訴外人が単独で折衝することもあつたことが認められ、前記甲第一号証を被告以外の第三者が作成した可能性もないわけではない。
しかして、他に、甲第一号証(誓約書)の作成名義人欄における「取締役社長印」と刻された印影が被告の真正の代表取締役印により顕出されたものであること、あるいは右印影が当時被告の代表者であつた訴外森によつて顕出されたことを認めるに足る証拠もないので、結局甲第一号証が真正に成立したものと認めることはできない。
もつとも、被告が原告に対し、水銀灯三灯及び扇風機を寄贈し、これを原告工場内に設置したことは当事者間に争いがないが、証人森茂保の証言に弁論の全趣旨を総合すると、被告は本件新築建物の建設工事に着手した後である昭和四七年夏ころ、原告代表者に対し、被告所有地内の私道の道路指定の解除につき原告が同意するよう依頼したところ、原告は仲々これに応じなかつたため、本件新築建物の建築確認が前記私道の道路指定の解除にかかわつていることを苦慮していた被告は、やむなく原告の要求するままに、水銀灯三灯と扇風機二台を前記のとおり寄贈したこと、そしてその後間もなく原告は被告が依頼していた道路指定の解除について同意を与えたこと、しかしながら以上の過程で原被告間において、電気料金の負担の点については何等の交渉もなかつたことが認められるのであつて、被告が原告に対し前記水銀灯等を寄贈した事実から、甲第一号証の成立を推認することもできない。
従つて、甲第一号証をもつて、原告主張の本件契約の成立を認定する資料とはなし難く、又原告代表者尋問の結果によつて原告主張の右事実を認めることができないことは前記説示したとおりであり、他に本件契約の成立を認めるに足りる証拠はない。
(山口繁 片桐春一 角田正紀)